桃源郷を訪ねて―田舎の幸福が変わる

「食と農の景勝地」全国大会の開催

本年3月10日、11日の両日、弊所が事務局を務める「食と農の景勝地」推進協議会(Savor Japan Project Association、詳細はhttp://savorjp.com/参照)の主催による「食と農の景勝地」ネットワーキング全国大会が徳島県「にし阿波地域」(美馬市、三好市、つるぎ町、東みよし町の4市町で構成)で開催されました。農林水産省食料産業局において平成28年度に創設された「食と農の景勝地」については、全国で「にし阿波地域」を含む5箇所が第1弾として認定され、認定地域及び認定を目指す地域等による交流促進を通じた「食と農の景勝地」のレベルアップとネットワークの構築を促進するため、初めての全国大会が同地域で開催された次第です。

農林水産省では、「食と農の景勝地」について2020年の東京オリンピック・パラリンピックも見据え、「地域の食」とそれを生み出す「農林水産業」、魅力ある景観等の「地域資源」を効果的に活用し、訪日外国人(インバウンド)をゴールデンルートに留まらず、全国の農山漁村に積極的に誘客する取組を「食と農の景勝地」として農林水産大臣が認定する制度をスタートさせました。「食と農の景勝地」の認定により、地域のブランド力を高めることで、訪日外国人を中心に、日本の食・食文化を通じた農山漁村への交流人口や観光需要の増大を図るとともに、農山漁村の活性化や地域産品の輸出促進による所得向上や雇用の確保等、農林水産や観光の成長産業化を目指すものです。

全国大会(懇親会)の様子

初日は、翌日の視察プログラム及びシンポジウムの説明会に続き、懇親会が東みよし町の吉野川ハイウェイオアシスで開催されました。このオアシスは四国内を「8の字」に結ぶ高速道路ネットワークの丁度へそにあたる交通網の要所でもあり、四国を訪れる多くの人たちの交流・憩いの場所になっています。懇親会には、飯泉徳島県知事、川原東みよし町長(にし阿波観光圏協議会会長)のほか、全国の認定地域及び認定を目指す地域の関係者等が多数参加され、なごやかなうちに、最後は地元の阿波踊りが披露され、とても盛り上がりのある会であったと感じています。

知事は挨拶の中で、農林水産省の本制度の取組を高く評価され、特に地方の農山漁村における高齢化・過疎化が進む中で、県外・海外からの来訪者を引きつける地域資源のブランド力強化の観点から、一次産業と観光を結び付けた本取組を農林水産省が推進することに対して、地域の活性化や若い世代の雇用確保に結び付き、新たな産業の基盤づくりにつながる、との期待も表明されました。

また、川原町長は地方における人材確保が最重要課題であり、特にリタイアしたシニア世代の活用を含めて、こうした取組による交流人口の増大を通じ町民や市民が新しい活動の機会(役割や楽しみ)を見つけ、各自が地域での社会参画に積極的に関わる動機づけになることを期待し、そうした参画を促進する仕組みづくりを行政として的確に知恵を出すことが必要である、との考えを示されました。

視察プログラム―桃源郷「落合集落」を訪ねて

東みよし町に隣接する三好市の東祖谷山村落合集落は、平家の伝説の里としても知られ、国の重要伝統的建造物群保存地区でもある。保存地区は、山の中腹から麓にかけて立地する山村集落であり、江戸中期から末期に建てられた主屋等を多く残し、集落の高低差は390mに及び、古民家や傾斜畑が一体となった景観は唯一無二の様相を見せています。現在(平成27年6月)、集落全体で83世帯、161人(ほとんどが65歳以上)が暮らしています。

徳島県祖谷地方のこの集落が特に国内外に広く知られるようになったきっかけは、東洋文化研究者で、国のビジットジャパン大使でもあるアレックス・カー氏の存在が大きいと言えます。古民家の再生に多くの実績を持つ同氏のプロデュースによる築300年を越える茅葺古民家の改修・宿泊施設への再生プロジェクトは平成23年度から開始され、現在合計で8棟の運営が地元住民の協力も得て行われています。アレックス氏は「古い物の中に新しいモノを取り入れる。それが伝統を守る道である」というヨーロッパ的考え方を基本に改修を進めています。

直近3年間の茅葺民家ステイ利用実績は、1,086人(H25)、1,454人(H26)、2,341人(H27)と年々増加し、海外からの利用者数は全体の12.4%で、香港、アメリカ、ドイツ、中国、フランスが上位5位を占めています。

三好市観光課の担当者の説明では、ほとんどPRしていないにも関わらず、国内外より数多くの来訪者があり、特に外国人の観光客が多いのが特徴で、三好市のインバウンドの中心と言っても過言ではない場所とのことです。また、海外からの来訪者を含め、年々増加する観光客に対して、地理的ハンディがある地域でも、他には無いオンリーワンで魅力的な施設を整備さえすれば、距離やアクセス環境に関係なく、それを好むお客様は全国から、ひいては世界から来て頂ける、ということが実証されたように感じているとのことです。

本地域は、安倍総理の第187回国会(平成26年9月29日)における所信表明演説でも地方創生と観光立国において、冒頭「東洋文化の研究家であるアレックス・カーさんは、徳島の祖谷(いや)に広がる日本の原風景を『桃源郷のような別世界』と表現しました。鳴門のうず潮など風光明媚な徳島県では、今年の前半、外国人宿泊者が、前の年から4割増えています」と紹介されたことも、その後の来訪者の増加につながっていると考えられます。

田舎の幸福が変わる

視察先の落合集落を訪れてみると、意外な光景に遭遇しました。全国の田舎を代表する徳島の剣山山麓の中腹の限界集落とも思える地区で高齢者が元気で活き活きと暮らしている様子はあまりにも想定外で、「田舎の幸福」を再考する重要なヒントを発見したように感じています。

視察日は天気も良く、茅葺古民家を視察後に地元住民が共同で農作業を行っていたこともあり、畑で落合集落地区長の南敏治さん(74歳)にお話を聞くことができました。初めにお年を伺ったところ、英語でお答えになり、どうされたのですかと尋ねると、最近海外からこの集落に人が来るようになり、一度困ったことがあった、とのことです。それは、民家の横に外国人が運転するレンタカーが置いてあり、車が邪魔で農作業ができないため移動してほしいが、言葉がわからずとても難儀をしたことがあったとのことです。

茅葺民家ステイもあり、今後外国人が多く来るようになれば、自分たち高齢者も少しぐらい英語が話せないとコミュニケーションができないとのことで、近くの集会所で定期的に英会話の勉強を始めたとのことです。

地区長にお元気そうですが、100歳までは長生きできそうですね、と聞きましたら、毎日農作業をはじめすることがたくさんありとても忙しいが楽しいので、120歳までは元気で生活したいとのお話しでした。ご自身のスマホを見せられ、世界各国の美人記者やタレントが取材等で来訪し、その時に撮られた写真を保存しており、時々その写真に今日も元気で働いていますと声をかけるのだそうです。120歳もあながち実現できなくもないと感じた次第です。

地元住民も農作業に加えて、茅葺民家ステイの掃除スタッフや体験メニュー、食事の提供スタッフなどを通じ、「本来であれば接点の無かった人と出会えるのが楽しい」、「今まで良い所が何も無い不便な田舎と思っていたが、利用者の方が凄く素敵な場所だと地元を褒めてくれるので、誇りに感じられるようになった」との感想も頂きました。また、最近Iターンで若者が住むようになり、集落内でジビエ料理をはじめ洋食レストランも古民家を改修して営業するなど、限界集落の様相(田舎の魅力・人財)が徐々に変わりつつあることを気づかされました。

全国大会シンポジウムの概要

午前の視察プログラムの後、「食と農の景勝地」ネットワーキング全国大会(シンポジウム)が美馬市「山人(やまんと)の里」で開催されました。徳島県及び農林水産省の挨拶に続き、アレックス・カー氏から「ニッポンの景観論」と題する基調講演があり、その後認定地域5箇所の代表者による「食と農の景勝地」制度の可能性を主題にパネルディスカッションが行われました。

パネルディスカッションでの5地域の代表者からは示唆に富む内容の発言がありましたが、主なポイントを以下にご紹介します。

  • 本制度を通じて、各地域の観光関係者と農業関係者間の連携・協力が進展していること。
  • 各地の「ありのまま」を見せる「食を通じたストーリー」による新たな交流観光が関心を高めつつあること。
  • 地域間の横連携として、実際に現地に来て、見て、食べて、感じることが重要であること。
  • 海外の有力関係大学や機関等との連携を通じて、日本人がブラインドになっていることを海外ならではの視点から気づきや学びがあること。
  • 今後もSavor Japanの機能強化等に期待し、全国的な連携・支援(ネットワーキング)が進展することが重要であること。

上記のシンポジウムを含めて2日間の充実した日程が無事終了しましたが、農林水産 省が創設した「食と農の景勝地」制度が「地方創生」までを見据えた重要な取組であることの手ごたえ(可能性)を改めて直に実感するとてもいい機会になったと考えています。

結び

特に、健康で活発な高齢者を中心に地域資源(田舎)の魅力を再認識・活用し、田舎と都会(海外)、世代間の交流・共存などに向けて、積極的に楽しく取組む落合集落の実例は「田舎の幸福」を考える上で重要な示唆を提供しています。飯泉知事の農山漁村における高齢化・過疎化が進む中で来訪者を引きつける地域資源のブランド力強化の視点、川原町長の田舎における人材確保という大きな課題の中でリタイアしたシニア世代の活用の視点などに対して、落合集落の取組は田舎が抱える課題(地方創生)をポジティブに解決する1つの成功モデルを提示しているように思います。