島根県トップセミナーに招かれて―幸福度ランキングのまちづくりへの活用

島根県のトップセミナー

新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2018年12月19日、島根県自治研修所が主催するトップセミナーに招かれ、日本ユニシス総合技術研究所の関係者とともに講演する機会を頂きました。本トップセミナーは昭和60年(1985年)に始まり、毎年回を重ね今回で34回目の開催であったようです。これまで歴代の島根県知事をはじめ県庁幹部や学識経験者、企業トップ等が講師を務め、その時々の重要な政策課題等に関わる講話や講演が行われ、聴講者は主に県庁をはじめ県内行政関係者が参加しているようです。

今回のセミナーでの講演は、弊所の県民幸福度研究に関心を持たれ、共同研究者の日本ユニシスを通じて依頼がありました。このため日本ユニシス関係者と協力し2部構成で講演を行った次第です。セミナーでは、バブル崩壊後の経済成長の鈍化、高齢化と人口減少など課題が山積する中で日本社会のあるべき姿や進むべき方向とは、どのような価値や目標を持つことが尊く、幸福につながると考えるべきか。県民幸福度ランキング(70指標)を活用し、“持続可能な島根県のまちづくり”のきっかけを提供することが期待されました。会場は宍道湖湖畔に立つ重厚かつモダンな造りの島根県立美術館ホールで開催され、多数の参加者が聴講されました。

以下に、今般の島根県訪問の様子について概要を紹介します。

知事表敬、県庁幹部職員との意見交換

セミナーに先立ち、19日午前に溝口知事への表敬の機会が得られました。「全47都道府県幸福度ランキング(2018年版)」(東洋経済新報社)と弊所会長寺島実郎の近著「ジェロントロジー宣言」(NHK出版)を手交し、弊所における研究プロジェクトや作品づくりについて冒頭お話をしました。

知事からは、幸福度ランキングについて47都道府県レーダーチャートや人々が幸福を感じる要素に関心を示され、地域組織やふるさととのつながりを持つことが大事との説明にも共感された様子でした。この後の県庁幹部職員との意見交換でも多様な観点からよく議論を深めてもらいたいとのお話を頂きました。

知事への表敬に続き、県庁各部局の中堅幹部職員10数名との意見交換の機会が持たれました。私から、県民幸福度ランキングのポイントや他県との比較から島根県の特徴が見られる指標などを中心にプレゼンし、その後意見交換が行われました。以下に主な内容を紹介します。

政策企画監局の職員からは、データや指標による分析について県庁でもこれまでに多くの指標を使った分析を行っているが、喫緊の大きな課題は県外へ出て行った人材が戻ってこないことである。この点について、幸福度ランキングからの示唆が得られると参考にしたい。私からは、福井県の小中学校生の地元企業訪問や工場見学などに父兄(主に母親)同伴で行うことによる、大学進学後の地元企業への就職(Uターン)に繋がる取組み、用意した「子育て世代」幸福度ランキングからの示唆に係る指標、書籍第1章の「幸福度ランキング2.5」のライフステージごとの他県をはじめとする分析も参考にしてほしい旨説明しました。

教育庁の職員からは、島根県の総合ランキング(8位)に比べて教育分野が少し低い順位(27位)であり、気になっている。ふるさと教育(小学校)、キャリア教育(中学校)を推進し、高校生の地元就職率は70%と高い。教育に関わる担当として実感が異なる。幸福度ランキングの指標の取り方にも課題があるのではないか。これに対して、私からは、取得データには一部古い(2013年現在)もあり、原則として最新の公表データを使用しているが、県が有する新しい関連データや知見等と見比べると異なる可能性は否めない。取得データの実情を十分考慮した分析にも留意するようにしたいと述べました。職員からは、実感よりも低いランキング結果から、教育政策や施策を再考、再確認するよいきっかけになったとの意見も出されました。

商工労働部の職員からは、福井県での小中学校生による企業訪問や工場見学などの取組みに関連し、生徒も父兄も県内企業の実情はあまり知らないと思う。このため、島根県では高校1、2年生には県内企業を知ってもらう取組みを行っているとの説明がありました。

このほか、健康福祉部の職員などを含め各部局が取組まれている施策等に係る発言、日本ユニシスからは、全国や島根県における地域(フィールド)とデータ流通・連携を通じた地域活性化に資する様々な取組みの紹介があり、有意義な意見交換が行われました。

トップセミナーでの講演

19日午後のトップセミナー第一部で、私から県民幸福度ランキングを活用した“持続可能な島根県のまちづくり”と題して、全47都道府県幸福度ランキング(2018年版)の紹介を中心に講演を行いました。

講演では、(1)弊所が公共政策志向のシンクタンクとして県民幸福度研究を実施する経緯(4冊の発刊)とねらい、(2)2018年版の進化のポイント、(3)ランキング指標と解析方法の詳細、(4)ランキング結果の特徴(見かた)、(5)持続可能な島根県のまちづくりへの示唆、についてお話しました。その概要は以下のとおりです。

(1)経緯とねらい

20世紀(戦後)は主に右肩上がりの時代であり、日本はGDPという市場経済的な物差しをもとに産業発展(工業生産力モデル)に取組み、人々は経済的なボリュームを獲得することが尊く幸せ(価値)と考えられてきました。21世紀は、脱工業生産力モデルのもとに超GDP(経済的物差し+α)を目標に環境、エネルギー、自然などとの調和を図ることが尊いとも考えられる時代であり、そのときの人々の価値(幸福)をどのような共通の物差しで評価・実現するか。シンクタンクの貢献としては、行政サービスに関わり、住民に近い関係者(自治体の首長、職員、議員)に活用してもらうことが一義的に重要と考え、統計データの取得可能性等も見据えて県民幸福度研究をスタートしました。

同時に、バブル崩壊後の日本社会は閉塞感が大きく、国を創生するにはまず地方(地域)の創生が大事と考え、自治体関係者がその役割を担う上で、主観的な幸福度を測る指標(情報やデータ)よりも、客観的な指標(情報やデータ)を提供することがより活用度が高く好ましいとの考えに基づいています。

さらに、2011年の東日本大震災において、これからの日本社会を支える中心世代の若者層がボランティア活動等に積極的に貢献しました。多くの課題が山積する日本に対して、特に若い世代が希望を持ち人間本来の価値や目標をどのように考え、新たな21世紀のライフスタイルを確立するか。20世紀の延長によるこれまでの発想や価値観では測れないとの問題意識から、人間の本源テーマともいえる「幸福度」を体系的に継続的に探求・分析することが重要になる、ということが主な経緯(ねらい)です。

(2)2018年版の進化のポイント

2018年版では、これまでの3冊の成果に加え、主に3つの点について進化した内容になっています。第1は、より多面的に地域の幸福を測る観点から5つの指標(訪日外国人客消費単価、市民農園面積、子どものチャレンジ率、コンビニエンスストア数、勤労者ボランティア活動者比率)を追加しています。

第2は、経年変化(2012年、14年、16年、18年の4時点)の分析がより充実したことです。各県の順位の変動を含め4時点の推移を時系列で行うなど、他県との横断的な比較と併せて、データの見かたにおいて厚みのある解析が可能になりました。特に、行政関係者には自県の過去の政策や施策に関して経年変化から新たな気づきをはじめ事後評価が可能になり、政策の総合化や予算の重点化などにも参照できるメリットがあります。さらにビッグデータの蓄積面でも本研究の重要な資産が積み上がりつつあると考えています。

第3は、100年人生を見据え、日本独自のライフスタイルとそれにあった幸福をつくる試みとして“幸福度ランキング2.5”を分析しています。その内容は、ランキングの先にあるものとして、幸福を実現するための「アクション」を、“県民目線”と“行政目線”から、前者は5つのライフステージ(青少年、子育て世代ほか)ごとに、後者は広域連携という視点から、平易な言葉使いとともに、関連する多様なデータも駆使した斬新な考察を行っています(本コーナーNo.11「幸福度研究の進化―データ分析と向社会へのアクション」も要参照)。

(3)ランキング指標と解析方法の詳細

2018年版では、基本指標(5指標)、分野別指標(50指標)、追加指標(15指標)の全70指標から、主観的な要素を除き、主に公的統計データによる客観的な要素に基づきランキングを実施しています(スライド1参照)。

スライド1:指標と解析方法(2018年版)

基本指標は、基礎的な地域力・行政力を評価、分野別指標は、健康、文化、仕事、生活、教育の要素(視点)から評価、追加指標は、新たな要素(視点)も加え、多面的に評価する構造になっています。

赤枠で囲む現行指標と先行指標について、前者は現在の地域の幸福を生み出す諸条件の水準を評価、後者は地域の幸福の持続可能性や未来の幸福に向けた地域の潜在力を評価する指標です。例えば、健康分野の先行指標の1つである「高齢者ボランティア活動者比率」は超高齢化社会において健康で社会参画できる高齢者が多くを占める地域は持続可能性や未来の幸福に向けたポテンシャルが大きいと考えられます。

このように現行と先行指標を一定のロジックのもとに設定・指数化する構造は、行政においてはビジョンの策定をはじめ政策や施策の検討に多面的な示唆を提供するものと考えています。

また、信用金庫貸出平均利回りをはじめとする赤枠で囲む追加指標は、その時代において、社会や地域にとり新たに考慮すべき要素との観点から選定しています。

解析方法については、標準化変量(平均値からの距離を示した値)に基づき、個々の指標値(70指標)を、地域の幸福に貢献するほどプラスの大きな数になるよう方向を揃え、重みづけをせずに合計値によりランキングを行っています。重みづけをせずに各指標を一律に評価することについて、これまでも多くの指摘等を頂いていますが、弊所の本研究では、現状の方法が客観性や安定性を含め望ましいとの考えに基づいています。

(4)ランキング結果の特徴(見かた)

島根県の総合順位は、4時点で16位、14位、6位、8位と上昇傾向にあります。各分野の上昇や下降傾向は経年グラフを見れば参照できます(スライド2参照)。本書2018年版のカルテは左右見開きで一覧から多くの知見等が確認でき、指標それぞれから自県の状況(強みと課題)への理解や気づきにつながることが期待されます。

スライド2:島根県のランキング一覧(2018年版カルテ)– [注:画像をクリックすると別タブに大きな画像が表示されます。]

また、島根県の総合8位のランキング結果について、基本指標、5つの分野別指標、追加指標のうち、上位、下位の指標を抽出したものがスライド3です。

スライド3:ランキング結果(2018年版)

特徴として、全国各県との相対比較では、基本指標、健康、仕事、生活分野が上位で、文化と教育分野がやや低くなっています。ランキング結果に関して、個々の分野、指標からの気づきの他、例えば青枠で囲む「健康寿命」と「平均寿命」、「地縁団体数」と「自主防災組織活動カバー率」について、健康寿命対策や地縁団体を活用した防災活動などに取組む上で、現状の指標からの潜在力を活かす施策等に結び付ける、横断的な見かたも重要と考えています。

(5)持続可能な島根県のまちづくりへの示唆

県庁幹部との意見交換でも話題になりましたが、県外へ出て行った人材をいかに呼び戻すかについては、「子育て世代」幸福度ランキングから、70指標に取り上げていない関連指標も踏まえ、一定の示唆を提案しました。

この他、持続可能なまちづくりの視点から、幸福度ランキングも見据えつつ、今後最も重要な課題の1つは「世帯構造の変化」における対策ではないかと考えています。島根県の世帯構造の変化を見ると、現状(2015年)で、単身世帯予備軍が約15.8万世帯(60.1%)となっています(大阪府は70%を超えています)。これは35年前(1980年)と比べ、7.5万世帯(23ポイント強)の増加です(スライド4参照)。

スライド4:島根県の世帯構造の変化(持続可能なまちづくりに向けて)

この数字は、2040年にはさらに10ポイント以上増加し、島根県の単身世帯予備軍は70%を超えることが予想されています。現状の単身世帯は、高齢者(65歳以上、特に女性が過半)とその他世代でほぼ半々ですが、今後は男性の高齢者の割合が増加し、その他世代では20~40歳代の男女ともに単身世帯が増えるとの推計です。

孤独や孤立になりがちな単身世帯増というこのような状況を見据え、安心や安全を含む持続可能なまちづくりとは、どのような対策を考慮するべきか。

幸福度ランキング結果に基づくデータから、島根県は「地縁団体数(1位)」、「勤労者ボランティア活動者比率(2位)」、「高齢者ボランティア活動者比率(6位)」、「若者完全失業率(1位)」、「高齢者有業率(4位)」など単身世帯対策をポジティブに進める潜在力が他県よりも備わっていると考えることができます。一方、「インターネット普及率(39位)」、「悩みやストレスのある者の率(36位)」、「自殺死亡者数(40位)」などはネガティブな要素と考えられます。

大都市と地方では世帯構造の変化に差異も見られますが、地域や人とのつながりや自然や農業など一次産業が至近にある島根県をはじめ地方の世帯構造の変化への取組みが功を奏することを、幸福度研究の観点からも強く期待したいと思います。

トップセミナー第二部では、日本ユニシスの研究者から、ユニシスが全国や島根県で取組む重点施策(スマートタウン等)の紹介後、「島根のしあわせ―19市町村の特徴分析」と題する講演が行われました。

持続可能な島根県のしあわせを実現する上で、4分野「し(しごと、しぜん)」、「あ(あんしん・あんぜん)」、「わ(つながり・ご縁)」、「せ(せいかつ)」を55指標から分析するもので、多くの示唆を含んでいます。市町村単位でのデータを収集、設定する上で並々ならぬ苦心があったものと思料し、ここまで積み上げられたことに敬意を表したいと思います。

弊所の都道府県幸福度研究と日本ユニシスの市町村しあわせ研究が今後連携できれば、地方自治体をはじめ多くの関係主体やユーザーにご活用頂ける可能性が高いと感じた次第です。

結び(講演後のアンケートにおける主な意見)

講演終了後、今年になって主催者の島根県自治研修所の関係者からアンケート結果等を共有頂きました。回収数は70名に及ぶ多くの貴重な内容(情報)を含むものですが、以下では主なものを紹介します。

  • データを活用、特に数値だけでなく、図や表として数値をわかりやすく説明していくこと、とても参考になった。特に市町村の特徴分析で説明された図はとても良かった。県にも様々なデータがあると思うが、県民にわかりやすく説明していくことが求められる、と感じたセミナーだった。
  • データに基づいて現状を再確認したり、施策の評価をしたりすることの重要性を改めて認識する機会となった。今後の施策を検討する上でも大変参考になった。
  • ビッグデータの活用を様々な形で組み合わせることで、新たな気づきが出てくると感じた。幸福に対する感じは個々で異なるが、見える化することで他と比較でき、力を入れていくところがわかってくると感じた。
  • 幸福度の個別の指標を分析することで客観的に自らの自治体を見ていくことが可能であり、参考になると思う。一方、個別の指標を見ると、これが上がることで住民の幸福につながるかどうか、考えてみる必要がある。
  • 「論よりデータ」という言葉が印象に残った。指標ごとの重要度が考慮されているのか不明だが、感覚的に言えば重要度は異なると思う。
  • データを活用した政策立案について検討する必要はあると思うが、データ化しにくい部分があるため、肌感覚との違いを感じた。この点がクリアできれば活用が進むと思う。
  • ランキングの順位に一喜一憂せず、経年変化を気づきにつなげ、政策に反映させるという度量を持つ必要があるということを自戒した、というのが収穫の1つである。
  • 島根県の誇りは「歴史と文化」であるため、文化の総合順位が低い点は受け入れがたい。文化分野の半分を国際領域で評価しており、比重が高すぎるのではないか。残る半分も余暇・娯楽だという点も違和感がある。市町村分析で、「伝統的な祭り・文化・芸能の保存活動」という指標があったので、これを幸福度ランキングの文化分野の指標に活用してもらえるとありがたい。

こうした意見や提案なども、今後の刊行や分析に向けて参考にしたいと考えています。重要なことは、地域で何が起こっているか、70万人口の島根県でも松江市(20万人)や出雲市(17万人)に住まう都会型に近づくライフスタイルと固有型のスタイルとの違い、世代間の意識ギャップ、世帯構造の変化などを見据え、県民幸福度研究が日本社会のあるべき姿や進む方向への一定の示唆(知見等)に資するよう、より現場に繋がる考察を一層深めることが必要と感じています。