主要経済団体からの依頼
先月(11月13日)、一般社団法人中部経済連合会(長野県・岐阜県・静岡県・愛知県・三重県の5県がカバー地域)の依頼で、「県民幸福度研究~ランキングから見た中部圏の幸福度~」と題して講演を行いました。これは同連合会経済委員会専門委員会の企画として、2017年度の研究テーマ「中部圏5.0の提唱」のとりまとめに際し、外部講師から関連するテーマで講演及びヒアリングを行う目的で開催されたものです。同委員会では、毎年研究テーマを設定し、1月を目途に提言書(案)をとりまとめ、2月に正副会長会・総合政策会議を経て、提言書を上程・公表し、政府をはじめ、関係自治体、会員企業などに広く広報・周知を行っているとのことです。
昨年度は「中部圏のサービス産業の稼ぐ力の向上~生産性を上げる~」、一昨年度は「新中部圏の創生~各地域の自助努力と連携による経済的自立性の向上~」をテーマに提言書をとりまとめています。それまでは「ものづくりと競争力」を主要テーマにした提言が主流を占めていたようですが、ものづくりをベースに置きつつも、最近は新たなテーマ設定に取り組む傾向にあり、本年度は地域社会との関係をより深く考察する観点から、政府が提唱する次世代の社会像である「Society 5.0」を意識したテーマとして中部圏5.0を設定したようです。
「中部圏5.0」の検討
因みに、政府の「未来投資戦略2017」では、「Society 5.0」について、「①狩猟社会、②農耕社会、③工業社会、④情報社会に続く、人類史上5番目の新しい社会。新しい価値やサービスが次々と創出され、社会の主体たる人々に豊かさをもたらしていく。」と説明されています。同委員会では、「Society 5.0」を中部圏にあてはめた場合の課題や自動車関連産業をはじめとする製造業のウエイトが大きい中部圏の持つポテンシャル等を整理した上で、中部圏にとっての「Society 5.0」を構想し、企業や社会が進むべき道などについて検討・とりまとめを行う意図のようです。
こうした問題意識から、弊所の最新刊『全47都道府県幸福度ランキング(2016年版)』(東洋経済新報社)に関心をもたれ、主に幸福度指標の設定の考え方や設定方法等を解説してほしいとの依頼でありました。加えて、本の内容に基づきランキングから見た中部圏の幸福度、さらに「Society 5.0」における幸福度を測る「尺度」並びに「尺度」を高めるための取組等について、経済統計では見えない豊かさに係る指標の設定方法等を知りたいとのことであり、講演者としても難しい依頼内容であったと認識しています。当日は、経済委員長(水野中部電力会長)以下、専門委員会委員、聴講関係者、事務局を含め30人近くが参加し、多くの質問も出されました。
広域ブロック(中部圏)に係る分析
これまでの講演の多くは、一つの県及びその県内政令市・中核市を基本とするランキング結果についての分析依頼であり、主にその県の総合ランキング、分野別ランキング、各指標ランキングなどの特徴を抽出、解説することが主要なテーマでした。それに比べて、今回の講演は5県をカバーする広域ブロックを大くくりに、県別幸福度ランキング結果を基に中部圏にとっての「Society 5.0」の構想、さらに企業や社会が進むべき道などについて一定の示唆を提供することが期待されていたため、主に以下の4つの観点から「中部圏の幸福度」についてお話をしました。
- 中部圏の幸福度ランキング結果、首都圏との比較
- 「Society 5.0」を構想する上での中部圏の世帯構造変化の実態
- 「Society 5.0」に関係の深い「生活分野」のランキング結果
- 「Society 5.0」におけるランキングの使い方― ①先行指標、②経年変化
中部圏の幸福度ランキング結果、首都圏との比較
幸福度ランキング2016年版では、47都道府県(全65指標)の総合ランキングを発表しています。中部圏は長野、岐阜、静岡、愛知、三重の5県がカバー地域であり、これらを首都圏(埼玉、千葉、東京、神奈川)と比較し一覧整理したものが下表(スライド)です。
長野県が4位、愛知県が9位、静岡県が10位、岐阜県が13位、三重県が23位です。一方、首都圏は、東京都が2位、神奈川県が11位、千葉県が16位、埼玉県が17位となっています。中部圏、首都圏に属する都県すべてで47都道府県の半数よりも上位にランキングされています。さらに、基本指標(5指標)及び5分野(健康、文化、仕事、生活、教育各10指標、計50指標)の合計55指標の中部圏及び首都圏のランキング結果が下表(スライド)です。この結果からも、中部圏は首都圏に匹敵するポテンシャルを有しており、政府の「未来投資戦略2017」で提唱する「Society 5.0」を検討する地域として中部圏は重要な位置を占めると考えています。
長野県は、基本指標15位、健康分野6位、文化分野12位、仕事分野6位、生活分野2位、教育分野22位となっています。このうち、運動・体力領域2位、雇用領域3位、地域領域4位など、全国と比べて上位指標(青枠)が多く見られます。一方、教育分野のうち学校領域34位と低く、教育県として名高い長野県ですが、本ランキング指標では教育分野に課題があると考えられます。
岐阜県は、基本指標32位、健康分野17位、文化分野20位、仕事分野26位、生活分野3位、教育分野17位となっています。このうち、運動・体力領域8位、雇用領域9位、個人(家族)領域3位など、全国と比べて上位指標(青枠)が複数見られます。一方、仕事分野のうち企業領域44位と低く、雇用領域に比べて企業側の各指標に課題があると考えられます。
静岡県は、基本指標13位、健康分野5位、文化分野23位、仕事分野21位、生活分野23位、教育分野26位となっています。このうち、運動・体力領域が4位であり全国と比べて上位指標(青枠)となっています。
愛知県は、基本指標4位、健康分野8位、文化分野14位、仕事分野2位、生活分野18位、教育分野34位となっています。このうち、医療・福祉領域9位、雇用領域7位、企業領域3位、地域領域9位など、全国と比べて上位指標(青枠)が多く見られます。一方、教育分野について学校領域32位、社会領域34位と低く、本ランキング指標では教育分野に課題があると考えられます。
三重県は、基本指標10位、健康分野24位、文化分野22位、仕事分野9位、生活分野4位、教育分野44位となっています。このうち、余暇・娯楽領域7位、個人(家族)領域5位、地域領域8位など、全国と比べて上位指標(青枠)が複数見られます。一方、教育分野のうち社会領域44位と低く、学校領域33位と合わせて教育分野に課題があると考えられます。
首都圏では、埼玉県の健康分野における医療・福祉領域38位、仕事分野の雇用領域39位、東京都の生活分野における個人(家族)領域46位が全国と比べて下位指標(赤枠)となっており、大きな特徴と考えられます。
「Society 5.0」を構想する上での中部圏の世帯構造変化の実態
新しい価値やサービスが次々と創出され、社会の主体たる人々に豊かさをもたらしていくとされる、「Society 5.0」を構想するに際して、講演では人々、即ち世帯構造変化の実態(ファクト)を踏まえることが一つの分析視点と考え、5県の動向を整理・説明しました。1980年から2015年の35年間の変化を国勢調査で見ると、単身世帯、単身世帯予備軍が、例えば愛知県では、20.3%、35.5%から33.5%、60.9%へと大きく増加しています(下記スライド参照)。この傾向は他の4県でも同様な傾向で、「Society 5.0」を構想する上で、6割を超える単身世帯予備軍を考慮した人々の豊かさ(幸福度)を展望することが重要と認識しています。因みに、単身世帯予備軍が最も高いのは大阪府の66.9%、幸福度ランキング総合1位の福井県は53.7%です。
単身世帯、単身世帯予備軍の増加は、例えば1人暮らし高齢者(独居老人)の場合、認知症の発症率が高まり、コミュニティ活動が疎遠になり、悪質なクレーマーが増えるなど、社会や地域にとって不安要因となる確率が高まると考えられます。また、若い世代を中心に未婚者が増加する場合にも、心身状態を含め様々な不安要因が想定されます。こうした単身世帯予備軍の大きな動向変化を展望した人々の豊かさを如何にもたらしていくかについて、以下でランキング結果のうち、特に関係が深いと考えられる「生活分野」を重点に分析を行います。
「Society 5.0」に関係の深い「生活分野」のランキング結果
中部圏5県の「生活分野(2領域・10指標)」のランキング結果は、長野県2位、岐阜県3位、静岡県23位、愛知県18位、三重県4位であり、3県がトップ5に入っています(スライド参照)。
長野県は、個人(家族)領域9位、地域領域4位で、待機児童率1位、生活保護受給率2位、汚水処理人口普及率7位、一般廃棄物リサイクル率8位、エネルギー消費量9位、1人暮らし高齢者率10位と10指標のうち6指標で上位(青枠)を占めています。一方、道路整備率40位と下位(赤枠)となっています。
岐阜県は、個人(家族)領域3位、地域領域10位で、生活保護受給率4位、1人暮らし高齢者率6位、エネルギー消費量7位、持ち家比率8位と10指標のうち4指標で上位(青枠)を占めています。
静岡県は、個人(家族)領域15位、地域領域36位で、エネルギー消費量8位、1人暮らし高齢者率9位、生活保護受給率10位と10指標のうち3指標で上位(青枠)を占めています。一方、地縁団体数42位、待機児童率41位と下位(赤枠)となっています。
愛知県は、個人(家族)領域23位、地域領域9位で、10指標のうち上位(青枠)はなく、持ち家比率41位、地縁団体数38位と下位(赤枠)となっています。
三重県は、個人(家族)領域5位、地域領域8位で、一般廃棄物リサイクル率1位、生活保護受給率7位、インターネット人口普及率9位と10指標のうち3指標で上位(青枠)を占めています。一方、道路整備率38位と下位(赤枠)となっています。
各県の共通点として、長野、岐阜、三重3県の各指標は全体的に上位(青枠)であり、静岡、愛知両県は地縁団体数が、長野、三重両県は道路整備率が下位(赤枠)であり、今後の課題と考えられます。各県の違いとして、静岡県は待機児童率、愛知県は持ち家比率が下位(赤枠)であり、それぞれ今後の課題と考えられます。
首都圏(1都3県)の生活分野について、東京都は上位(青枠)がある一方で、個人(家族)領域で下位(赤枠)が多く、共通して待機児童率や地縁団体数に課題があることが明らかです(スライド参照)。
「Society 5.0」におけるランキングの使い方― ①先行指標、②経年変化
中部圏(5県)の生活分野のランキング結果を基に、「Society 5.0」における幸福度を測る尺度、並びに尺度を高めるための取組等を考える上での使い方について、①先行指標、②経年変化、の主に2つの視点から整理・分析します。
① 先行指標
先行指標は、「地域に住む人々の幸福」の持続可能性や未来の幸福に向けた地域の潜在能力(ポテンシャル)を評価するものであり、「Society 5.0」における幸福度を測る上で有用な尺度と考えられます。生活分野の先行指標は10指標のうち、6指標(個人(家族)領域:待機児童率、1人暮らし高齢者率、インターネット人口普及率、地域領域:一般廃棄物リサイクル率、エネルギー消費量、地縁団体数)から構成されます。
中部圏5県の生活分野における先行指標のランキング結果は、長野県5位、岐阜県4位、静岡県16位、愛知県11位、三重県1位であり、生活分野10指標でのランキング結果と同様に3県がトップ5に入っています(スライド参照)。
共通点として、個人(家族)、地域領域とも全体的に順位が高く、全国の中でも生活環境が高い圏域(広域ブロック)と評価できます。違いとしては、静岡県、愛知県の地縁団体数が、それぞれ42位、38位と下位の順位となっています。
課題としては、まず発生が予測される東海・東南海地震に対する防災取組等に向けて、意識の高い個々人による地域の結束力(つながり)を高めるとともに、地縁団体数の改善などコミュニティ活動等の充実を通じて地域住民自らが能動的に行動するところの「地域社会力(住民の参画)」を促進する取組が重要と考えられます。また、個々人の意識(自立自尊)に依存する、三重県の一般廃棄物リサイクル率をはじめ各県に共通する強み(1人暮らし高齢者率、エネルギー消費量など)をさらに伸ばすことも幸福度の向上において必要です。
② 経年変化
弊所における全都道府県幸福度ランキングの出版は、2012年、14年、16年と1年 おきに刊行しています。これは分析用データの更新・取得状況も勘案したものであり、データによっては毎年公表されないものも想定した刊行スケジュールです。既に3時点間で全国との相対比較ができることは、例えば直近数年間でどのようにランキングが変化し、その間の各県の取組(重点施策の評価、予算の効率性など)について政策・施策評価を行うことも可能になります。以下では、2012年と2016年の経年変化(比較)について整理・分析します(スライド参照)。
共通点として、先行指標について愛知県13位上昇、静岡県10位上昇をはじめ長野県を除き各県とも改善が見られます。違いとしては、三重県が総じて上昇している一方で、他の4県(特に岐阜県、静岡県)の改善が相対的に低くなっています。中でも、愛知県、静岡県は、それぞれ生活保護受給率、待機児童率といった個人(家族)領域で順位が大きく低下しています。
課題としては、まず母子・父子家庭や非正規社員等の経済的に苦しい人へのケアとともに、企業内保育所の設置・増設など、福利厚生面での取組(改善)が重要と考えられます。また、単年のデータ(順位)ではなく、経年で各指標の順位がどのように変化(改善・悪化)しているのかを検証することが、行政等との連携を高めていくためにも重要です。経年変化のメリットとしては、政策・施策の事後チェックが可能になるだけでなく、行政施策等の総合化(横断化)が促進され、その結果、より実効性と効率性の高い提案や要望が可能になると考えています。
結び
講演会場や終了後の委員会関係者との懇談でも質問や意見が出されましたが、主なものを紹介します。
- Society 5.0は超スマート社会の実現と考えているが、幸福度ランキングの生活分野の切り出しは、中部圏の超スマート社会の検討の面でも参考となる捉え方のように思う。
- 幸福度を高める上でつながりが重要とのことは理解するが、世代間でつながり方が異なるように思う。若者世代とシニア世代等のつながりの中身をより深く分析することが必要ではないか。
- デンマークの世界一幸福度が高い点について、デンマーク人は信頼されることよりも、信頼できることの方が、より幸福度が高いと感じるということに興味を惹かれた。
- OECDの指標設定(親類や友人、またはトラブルになった場合に助けてくれる隣人を持っている人口割合など)に、経済統計では見えない豊かさを図る指標の設定方法等、今後のとりまとめの面でヒントをもらったように思う。
- 地縁団体数の改善は喫緊の課題である。多くのデータから幸福度を1年おきに更新・蓄積することの重要性も理解できた。
こうした意見等とともに、今回の講演の主要テーマである「Society 5.0」、「広域的視点」の捉え方など、現在編纂作業を進めている第4弾の刊行に向けて十分に参考にしたいと考えています。